闘病記

別れへと続く時間

ここ数日は実家と自宅を行き来する日々でした。

16日(火)
 前日の夜よりお泊りしたワタシ。
 午後の会議、夕方のミーティングに出席後、実家に戻り
 夜には自宅へ。
 この日は妹が子供たちを連れて実家にお泊り。
 父の言うことがおかしい。

17日(水)
 日勤。
 旦那さんと妹はお休みで実家へ。
 調子が悪いとの連絡を受け、午後からお休みをもらい実家へ。
 寝たり起きたりの父を見守るワタシたち。
 話もままならない。
 夜はドッジボールに行ったけど、終わってワタシだけ実家に戻りお泊り。
 ワタシ「今日も泊まるけん」
 父「あ、り、が、と、う。さ、ち、こ、は、や、さ、し、い、」

18日(木)
 朝目覚めて、父の寝る部屋へ。
 視線が定まらず、ボーっと座っている父の横でしばらく過ごす。
 こんなに父のそばにいることなんて今までなかった。

 圭ちゃんのお弁当を作って、小学校へ。
 ついでに自宅に帰って、お布団を干して洗濯をまわす。
 1時間ほどで実家に帰ったら・・・訪問看護の方が来られていて
 「血圧が60(上が) SpO2:72% なので病院に行った方がいいです」と。
 車で行くという父でしたが、もう歩けなくなっているので
 思い切って救急車を呼びました。
 急な階段を担架が下りるのは難しかったので、妹の学習机の椅子に座った父を
 2人の隊員がかついで救急車まで。
 救急車のサイレンにご近所さんがたくさん集まって 
 「さっちゃん、がんばってね!」と。
 救急車のうしろをワタシと妹が追いかけます。

 病院到着。
 父は外来で主治医の診察後、ICUへ。
 酸素マスクを付け、IVHから高カロリー輸液を。
 意識レベルもかなり低下し、声をかけないと覚醒しない状態。
 腹水はもちろん、肺にも水が溜まってきて肺水腫状態。
 
 ちょうど今日は鹿児島のおばちゃん(父の姉)と
 大阪のおばちゃん(父の兄の奥さん)が来る予定の日。
 連絡をしたら、慌てた様子で病院に直接来てくれました。

 実家に忘れ物を取りに旦那さんと帰り病院に戻った途端、
 妹 「子供たちは?お父さん、もうダメかもって先生が・・」

 学校に電話し部活をしていたakari姫と甥っ子を帰らせ、旦那さんに迎えに行ってもらい
 孫4人は病床の父の元へ。

 なんとか気力だけで生き延びているとしか思えない父。
 急に起きると言い出し、立ってみたり・・・
 そんな父にICUの看護師さん、優しく諭すように声かけ。

 座って夕食をゆっくりゆっくり自らの手で食べる父。
 食べ終わって座っている状態の内にと、順番に孫たちと握手。

 みんな泣きながらじいちゃんの手を握ります。

 ワタシと旦那さんが土日と仕事をしているため、小さい時は実家にお泊りが定番でした。
 休みのたびに、あらゆる公園などに連れ出してくれました。
 おちばけのじいちゃん、機嫌が悪いじいちゃん、やさしいじいちゃん・・・
 きっと子供たちの中にはいろんなじいちゃんの思い出があるんだろうな。

 ICUには家族は泊まれないとのことで、個室を準備してもらい
 おばちゃんと母が待機。
 ワタシたちは自宅待機です。

 とりあえず小康状態。
 主治医に「あと数時間・・・」と宣告されながらも生きようとする父。
 
 

 父は十分ガンと全力で闘い、頑張り、そして今も頑張っています。
 病院では几帳面な患者さん、頑張りやの患者さんで有名。
 今日もたくさんの看護師さんから声をかけられました。
 そんな父を誇りに思っています。
  
 
 今もTELが鳴らないように・・・と思いつつ、今の思いを書きとめておこうと
 ブログに綴っています。

 重たい内容、最後まで読んでくださりありがとうございました。
 
 また何かあればご報告いたします。

 
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 岡山情報へ←今日のランキング結果は??
[PR]
by akari4675 | 2010-11-19 00:33 | 闘病記

気ままな日常を綴っています。  愛用カメラはCanon EOS Kiss X4★


by akari4675
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30